研究員の日記

”海のたたら”動画、制作中。

2022年6月23日の日記 角田徳幸 センター長

“たたら”と聞いてイメージするのは何でしょう?もののけ姫、玉鋼と日本刀、あるいは奥山で行われた“神秘的な鉄づくり”が思い浮かぶのではないでしょうか?

松江市内から車で30分ほど、白砂の浜辺が広がり、海水浴場として知られる北浦の東に位置する美保関町稲積には、江戸時代の18世紀後半、たたらがありました。稲積たたらは、松江藩の釜甑方(ふそうがた)(藩営の鋳物製造所)に、その材料となる銑鉄(せんてつ)を納めていました。日本海に面する港近くにあり、鋳型に流し込んで鋳物にする銑鉄をつくる“海のたたら”は、一般的な“たたら”のイメージとは大きく異なるものです。

実は、松江藩には、“海のたたら”があったことがよく知られています。出雲市多伎町の口田儀港近くには、田儀櫻井家が経営した越堂(こえどう)たたらがありました。同家は、奥出雲町阿井の櫻井家の分家で、松江藩がたたら経営を許可した9鉄師(たたら経営者)のうちの一つです。

これまで“海のたたら”は、越堂たたら以外にはあまり知られていませんでした。稲積たたらは、それが島根半島東部の美保関町にもあったことを示しています。しかも、操業したのは佐四郎という人物で、藩が公認した9鉄師以外でもたたら経営が許されていたのです。

今回、制作中の動画では、この美保関町にある“海のたたら”、稲積たたらに加え、島根半島東端の地蔵崎や美保神社にも近い才浦の才谷たたらを紹介します。才谷たたらは、美保神社の宮司横山家の日記にも記されています。

みなさんの“たたらのイメージ”を大きく覆す“海のたたら”の動画、近日配信の予定です。ご期待下さい。

稲積たたらでの撮影風景(左奥に稲積の港がみえる)
稲積たたら 鉄滓(スラグ)山での撮影
奮闘する撮影スタッフ
鉄滓が転がる才浦海岸での撮影(浜辺の黒く見えるのが鉄滓)
才谷たたらでの撮影(ここから山道を越えると美保神社に出る)