第61話 「はくしゅ」以前 出雲の舞台称賛
石山祥子 専門研究員
(2022年12月13日投稿)
「拍手」には「はくしゅ」と「かしわで」という2通りの読み方があります。どちらも左右の手のひらを打ち合わせ、音を出す行為を指します。前者は少数の人に対して、多人数が祝福や賞賛、感謝などを伝える方法、後者は神に拝する際の作法として区別されます。
「かしわで」の歴史は古く、古代には高貴な人に対しても行う作法だったことが、『魏志倭人伝』や『日本書紀』などの記述からうかがえます。より日常的な行為である「はくしゅ」が行われる場面はいろいろとありますが、演劇などの鑑賞後に観衆が行う「はくしゅ」もその一つでしょう。しかし、日本で観衆側の作法として「はくしゅ」が定着したのは明治以降のことです。観劇後に欧米人が手をたたくのを見て浸透したといわれています。
では、「はくしゅ」定着以前、観衆は演者の好演や熱演にいかなる方法で応えたのでしょう。その一例を島根県内の民俗芸能から紹介します。
祭礼行事で神楽や獅子舞などが披露される際、観衆から「花」と呼ばれる祝儀(現金や酒など)を出す風習があります。舞の合間には花の目録を持った人が登場し、独特の節回しで御礼の口上が述べられます。
出雲地方では花の中身をそのまま披露せずに、写真のようにかなり誇張した目録が作られる場合があります。内容や誇張の度合いは地域で異なりますが、「斐伊川の鮎《あゆ》総上げ」、「大間の鮪《まぐろ》十屯《とん》」など、特産品や高級食材が登場し、歌が披露されることもあります。このような風習は、石見地方でも昭和40年ごろまで残っていたようです。
もう一つ、出雲地方には「褒め詞《ことば》」と呼ばれる風習も伝わります。主に子どもの舞を褒める口上のことで、「待―った、待った、しばらく待った」と客席から声を掛けて舞を中断させ、「褒《ほめ》るほの字も知らねども何かに例へて褒めたなら、育上げたる親様やお手をつけたる師匠様、定めしお喜びの事でせう。さて何に例えて褒めませうやら・・・」(太田直行『新出雲風土記・行事の巻』より)などと述べ、ものに例えたり、民謡を歌ったりして舞の素晴らしさを言い表します。
これに対し、舞台からも口上や歌で返礼します。その間、10分ほど舞が止まりますが、舞台上の子どもは両者の応酬が終わるのを待ちます。
出雲でこうした風習が始まった時期は定かではありませんが、歌舞伎の影響が大きいと考えられます。演者と観衆とのやりとりは、「はくしゅ」に比べるとじれったいと感じるかもしれませんが、地域社会の中で生きている民俗芸能がそれ単独では存立しえず、観衆も上演の場に不可欠な存在であることを示しているといえるでしょう。