第79話 江津山中《やまなか》集落の狩猟儀礼
浅沼政誌 主任研究員
(2023年5月30日投稿)
昨今の少子高齢化・過疎化の進行によって、水田や畑などの維持が困難になり、耕作放棄地が目立つようになりました。原野と化す土地が増えて、イノシシやシカ、サルなどの出没も頻繁になり、作物被害が増えています。
私たちは、こうした獣害に昔から悩ませられてきました。近世においては、松江藩、浜田藩、津和野藩のいずれの藩も獣害駆除のため、各集落で狩猟を行うよう指示し、鉄砲を貸し出すなどの支援をしています。島根県内には、狩猟で使用された火縄銃やシシ槍《やり》と呼ばれる狩猟用の槍など、当時の狩猟具を保管する施設があり、狩猟の一端をうかがうことができます。こうした狩猟が行われる一方で、獣害を受けないように、祈願する行事も伝えられてきました。
そのような行事の一つに、江津市桜江町長谷《ながたに》の山中《やまなか》集落で行われる「お改めとシシ狩り行事」があります。
行事の名称である「お改め」とは、神体とする米の状態を観察して、作物の吉凶を占う儀礼を指し、「シシ狩り」とはイノシシやシカを狩る儀礼を指します。つまり、稲作と狩猟という、異なる分野の儀礼が同時に行われるという珍しい行事となっています。
行事は、集落に鎮座する山中八幡宮と、敷地内にある甘之宮《かんのみや》において、旧暦3月13日に近い日曜日に行われます。
「お改め」の儀礼については、ここでは省略しますが、行事では、まず「お改め」が行われ、次に「シシ狩り」が行われます。米粉を練って、鏡餅のような形状に作った二重ねの団子と、臨時に製作された弓1張、矢2本が用意されます。団子は「シシ団子」と呼ばれ、イノシシやシカに見たてられます。
宮司をはじめ、神社総代や自治会役員、各団体の代表などが順番に弓矢で2本ずつ、シシ団子めがけて矢を放ちます。これが「シシ狩り」です。シシ団子は、切り分けて参加者に分配されますが、これを「イカリワケ」と呼んでいます。
イカリワケは、実際に狩猟で使用されている言葉で、石見地方の山間部から山口県にかけて見られます。肉のかたまり(イカリ)を分配するという意味で、狩猟に参加した人全員に分けることが行われています。こうした狩猟の習俗が取り入れられ、集落全体で獣害防止を祈願する行事として伝えられています。
島根県内で、ほぼ見られなくなった狩猟習俗や儀礼を伝える貴重な行事です。