第101話 「乃木家」ほんとは「櫻井家」
矢野健太郎 専門研究員
(2023年11月14日投稿)
写真の美しい紅葉に囲まれた屋敷をご覧ください。この屋敷は、今年の流行語大賞にもエントリーされ、続編の制作もうわさされるドラマ「VIVANT(ヴィヴァン)」で、堺雅人さん演じた主人公・乃木憂助の実家である「乃木家」の舞台となった国の重要文化財・櫻井《さくらい》家住宅です。このドラマは島根県内各所で撮影が行われ、ロケ地の聖地巡礼で櫻井家住宅を訪れた方も多いのではないでしょうか。
今回は、この櫻井家住宅について紹介したいと思います。櫻井家のルーツは櫻井家文書に残された「系図手鑑《けいずてかがみ》」によると、大坂の陣で豊臣方に属して戦った「塙團右衛門直之《ばんだんうえもんなおゆき》」です。大坂城落城後に2代櫻井平兵衛が母方の姓の櫻井へと改め、3代櫻井三郎左衛門の代に出雲国仁多郡上阿井村へ移住し、鉄山業を営んだとされています。
その後、櫻井家は江戸時代には、松江藩からたたら製鉄の操業を許可された9家あった鉄師《てっし》の内の一つで、中でも田部家とともに鉄師の代表である鉄師頭取を交代で務めていく有力な鉄師となりました。
そして、この櫻井家のたたら製鉄での繁栄ぶりを現在に伝えているのが櫻井家住宅です。写真の左側と手前にはたくさんの蔵が立ち並び、裏山の中ほどには、たたら製鉄や鋳物師《いもじ》など、鉄生産や加工に従事した人々の信仰を集めた金屋子神《かなやごしん》を祭る金屋子神社が鎮座しています。
中央に位置する主屋をよく見ると、右下に一段低い屋根の座敷空間を確認できるかと思います。ここは「御成座敷《おなりざしき》」と呼ばれる座敷です。松江藩主を迎えるために19世紀になって増築された数寄屋《すきや》風書院(書院としての要素を持ちながら茶室風の自由な意匠を取り入れた建築様式)の座敷でした。
松江藩主の来訪は7代藩主松平治郷《はるさと》(不昧《ふまい》)に始まり6度にも及び、いずれも9月の紅葉の季節であったとされています。御成座敷の右側に目を移すと庭園が広がっています。この庭は国の名勝・櫻井氏庭園で、庭の岩盤を流れ落ちる滝は不昧によって「岩浪《がんろう》」と名付けられました。きっと不昧も美しい紅葉の季節にこの庭園を眺めていたことでしょう。
「VIVANT」のロケ地として注目を集めた櫻井家住宅は、こんなにもたくさんの文化財に囲まれ、たたら製鉄にゆかりのある建造物といえるでしょう。ドラマの聖地巡礼とともに、歴史文化探訪に櫻井家住宅を訪れてみてはいかがでしょう。