第113話 島根半島沿岸の漁撈用具
浅沼 政誌 主任研究員
(2024年2月27日投稿)
このたび、国の文化審議会において、松江市所有の「島根半島沿岸及び宍道湖・中海の漁撈《ぎょろう》用具」1,598点が、保存・活用の措置が特に必要な登録有形民俗文化財とするよう答申されました。新聞報道などでご存じの方も多いと思います。
この漁撈用具は、松江市島根町と宍道町、八束町で収集されたものです。日本海、宍道湖、中海という異なる環境の水域で使用された漁撈用具が、まとまって残っていることが高く評価されて今回の登録となりました。
筆者は松江市史の編纂《へんさん》や登録に際して、この漁撈用具に少しばかり関わりましたので、今回は最も点数の多い島根町の漁撈用具を取り上げて話を進めたいと思います。
島根町で収集された漁撈用具は、昭和30年代までに使用されたものを中心に、905点が収集されています。その内容は①釣具②突《つき》・磯物捕採具(魚を突くヤス、ワカメを採集する鎌など)③網《あみ》具④陥穽《かんせい》具(たこ壺《つぼ》などの仕掛け具)⑤舟大工用具⑥舟関係具(集魚灯など舟で使用する用具)⑦加工用具(海苔《のり》加工などの用具)⑧交易・運搬具(魚運搬の籠《かご》や舟箪笥《たんす》など)⑨信仰用具(海難守護のお札など)⑩衣関係(仕事着)⑪製作用具(網染めなどの用具)となっています(写真)。
こうして多岐にわたって収集されたおかげで、日本海沿岸で捕獲された魚介の種類や漁法をはじめ、漁業に関わる生活史を一体的に知ることができる資料となっています。さらに、これらの資料からは、漁業以外の地元の歴史も知ることができます。
その例として、島根半島の山野で自生する植物を利用した資料があります。「モジ網」と呼ばれる漁網です。「モジ網」の材料は、春に紫色の花を咲かせる藤《ふじ》の繊維で、これを糸に加工して漁網が製作されました。「モジ」とは「モジリ(捩り)織」あるいは「絡み織」と呼ばれる織り方の名称で、経糸《たていと》同士が絡みながら緯糸《よこいと》と交差するものです(図)。藤糸は硬く、海水中で形が崩れないため網に利用されたと言われます。
藤糸を使っての紡織は、漁網だけでなく、海や山での仕事着や蒸籠《せいろ》でもち米を包んで蒸すのに使う敷布《しきの》もありました。松江市鹿島町上講武《かみこうぶ》は産地として知られ、鹿島歴史民俗資料館には布を織った機織《はたおり》機や製品が収蔵されており、国の「記録作成等を講ずべき無形の民俗文化財」に選択もされています。
この鹿島町上講武産のモジ網は「講武モジ」と呼ばれ、島根半島の島根町・鹿島町を中心に出雲市境あたりまで、この講武モジが利用されてきました。
漁撈用具のコレクションではありますが、資料一つひとつの背景には、地元で営まれてきた多様な暮らしの姿と知恵や技術が、深く反映していることが分かります。