第141話 新紙幣のデザインと駅舎
吉永 壮志 専門研究員
(2024年10月9日投稿)
7月3日に新しい千円札、五千円札、一万円札が発行され、はや3カ月となりましたが、皆さんは実物をもう目にしたでしょうか。20年ぶりの新紙幣で、それぞれペスト菌を発見した微生物学者の北里柴三郎《きたさとしばさぶろう》、女子英学塾(現在の津田塾大学)の創立者である津田梅子《つだうめこ》、近代を代表する実業家の渋沢栄一《しぶさわえいいち》がデザインされています。
また、平成12年(2000)の九州・沖縄サミットの開催にあわせて発行された二千円札には『源氏物語《げんじものがたり》』の作者として知られる紫式部《むらさきしきぶ》が描かれており、その紫式部を主人公とする大河ドラマ「光る君へ」が現在放映されています。
このように今年は紙幣と関係の深い年といえそうですが、二千円札の紫式部は裏面に印刷され、表面は沖縄にある首里城《しゅりじょう》の守礼門《しゅれいもん》がデザインされているのに対し、千円札、五千円札、一万円札の肖像はいずれも表面です。
では、裏面に何が描かれているかというと、千円札は葛飾北斎《かつしかほくさい》の代表作である『富嶽三十六景《ふがくさんじゅうろっけい》』の一つ「神奈川沖浪裏《かながわおきなみうら》」、五千円札が古くより日本で親しまれている藤《ふじ》の花、一万円札が東京駅丸の内駅舎です。新紙幣の裏面の図柄はどれも日本を象徴するものといえますが、そのうち東京駅丸の内駅舎はレンガ造りの近代建築で、首都東京を代表する建造物として国の重要文化財に指定されています。
さて、国の重要文化財に指定されている駅舎が東京駅のほかに二つあるのを皆さんは知っていますか。一つが福岡県にある門司港駅《もじこうえき》で、九州の玄関口にあたる重要な駅として、関門鉄道トンネルが開通するまでは門司駅と呼ばれていました。
そして、もう一つが出雲市にある旧大社駅です。出雲大社参詣のため、明治45年(1912)に出雲今市・大社線の開通とともに開業した初代大社駅が利用者の増加に伴って手狭となり、大正13年(1924)に新たに建てられた二代目の大社駅が現在に伝わるもので、今年でちょうど築100年を迎えます。
東京駅と門司港駅がどちらも洋風建築で現役の駅舎であるのに対し、旧大社駅は和風の外観を呈しており、平成2(1990)年にJR大社線が廃線となって以降、駅舎としては当然のことながら機能していません。それゆえ、ほかの2駅と異なり、「旧」を冠した名称で呼ばれているのですが、現在も駅舎としての当時の姿をよく留めていて、貴重な建造物であるのは間違いありません。
その旧大社駅では、現在、文化財としての保存・活用を図るため、保存修理工事が行われています。令和7年末に工事完了予定で、それまで素屋根《すやね》(仮設の屋根つき足場)に覆われ、様子をみることはできませんが、あと1年あまり、工事を終えた旧大社駅がどのような姿で私たちの前に現われてくれるのか楽しみに待ちたいと思います。