第144話 銀が世界を丸くした
矢野 健太郎 専門研究員
(2024年11月13日投稿)
今回は、はじめに1枚のコインの画像を見てもらいたいと思います。
このコインは、スペインの8レアル銀貨です。銀貨の表面にはスペイン国王のカルロス4世(在位1788~1808)の肖像と鋳造年1806、周囲には「神の恩寵《おんちょう》による、カルロス4世」を意味するラテン語が、裏面にはスペインの紋章と周囲に「スペインとインドの王」を意味するラテン語が刻まれています。
また、裏面の周囲の文字を注意深く見ると「M」の上に「○」のあるマークを確認できるでしょう。これは「ミントマーク」といって、この銀貨が鋳造された場所を示す印です。この銀貨は、ミントマークからメキシコシティで鋳造されたことが分かります。このようにコインには様々な情報が刻まれており、小さな情報の宝庫であることが、お分かりいただけたのではないでしょうか。
ここでもう一度、銀貨をよく見てみましょう。一目瞭然、この8レアル銀貨には通常の銀貨と、大きな違いがあることに気が付かれるでしょう。銀貨の表面には「王」や「元」のような印が打刻されています。これは「荘印」と呼ばれるもので、中国の貿易商人が、取引でこれらの銀貨が使用された際に、品質保証の意味で打ったものだとされています。
つまり、この荘印が打たれた銀貨は、メキシコシティで鋳造され、ヨーロッパもしくは太平洋を経由して、中国で当時の「国際通貨」として貿易決済に使用された8レアル銀貨であるといえるでしょう。
19世紀の世界経済において、8レアル銀貨=銀が、国際通貨としての役割を果たしていたことを垣間見ることができたかと思います。そして、島根県には、銀が国際通貨としての地位を獲得するうえで、重要な役割を果たした文化遺産が存在しています。それが「石見銀山」です。
16世紀、シルバーラッシュに沸いた石見銀山は、世界的にも莫大《ばくだい》な量の銀を産出していました。こうした石見銀山の銀生産が、16世紀から17世紀初頭の大航海時代に、東アジアやヨーロッパの国々との間に、経済的・文化的な交流を生み出し、銀によって世界の経済や文化は、一つに結びついていったのでした。
そういった意味で、「銀が世界を丸くした」と言えるでしょう。こうした点が評価されて2007年、石見銀山は「石見銀山遺跡とその文化的景観」として、世界遺産に登録されました。2027年は記念すべき登録20周年を迎えます。
最後に、今回紹介した8レアル銀貨は、12月より島根県立古代出雲歴史博物館(出雲市大社町杵築東)で展示予定です。この機会に、世界を丸く一つに結びつけた「銀」や「石見銀山」の魅力について、多くの方々に触れていただければ幸いです。