いまどき島根の歴史

第151話 出雲神楽に伝わる子どもの舞

 石山 祥子 専門研究員

(2025年1月15日投稿)

 主に島根県東部に伝わる出雲神楽の特徴の一つとして、「子どもが舞うこと」が挙げられます。今から250年以上前、18世紀中頃の史料には、幼い子どもが神楽を舞ったという記述があり、今日の出雲神楽でも子どもが舞うことを前提とした演目がいくつか存在しています。今回はその一例として、出雲神楽で〈式三番《しきさんば》〉などと呼ばれる演目について取り上げます。

 今日の出雲神楽は、江戸時代の初めにもともと出雲地方で舞われていた神楽に能楽(能・狂言)の要素が取り込まれ、その基礎が作られたと言われています。能楽導入には佐太神社(松江市鹿島町)の神官が関与したとみられ、同社で今も奉納される「佐陀神能《さだしんのう》」は、出雲神楽の中でも能楽からの影響が最も色濃い神楽といえるでしょう。

 その佐陀神能が保持する演目の中で、能楽に一番近い内容を持つのが〈式三番〉です。

佐陀神能〈式三番〉の三番叟(松江市鹿島町)(2022年4月30日撮影)

 同様の演目は能楽にもあり、現在の名称は《翁《おきな》》と言います。少しややこしいのですが、《翁》は千歳《せんざい》・翁・三番叟《さんばそう》という三種の舞で構成されます。天下泰平や国土安穏を祈祷《きとう》し、神事的な内容を持つ《翁》は、約240曲ある能の演目の中でも別格の扱いで、現代では正月や慶事など特別な機会にしか上演されません。

 一方の佐陀神能の〈式三番〉は、能楽同様に三種の舞で構成され、翁と三番叟の舞は能楽風に面を付けて舞いますが、実はこのような能楽風の〈式三番〉は今日の出雲神楽では圧倒的に少数派です。

 現在、出雲地方では約80の神楽団体が活動し、そのうち三種全ての舞をそろえる団体は佐陀神能保存会を含めて4団体のみ。大半の団体では翁舞なしの〈式三番〉が舞われています。この翁なしの〈式三番〉は単に翁舞がないだけでなく、三番叟の舞い手が面を付けず、1~2人の子どもによって舞われる点が大きな特徴です。

宇那手神楽〈三番叟〉(出雲市)(2019年10月13日撮影)

 佐陀神能の三番叟もかつては子どもや少年が舞っていた可能性があるのですが、その際も面は付けていたと考えられます。

 佐陀神能に代表される能楽風の〈式三番〉では、能楽の《翁》と同じく厳粛な雰囲気が漂いますが、子どもの三番叟が登場するところでは客席から声援が送られたり、祝儀が投げ込まれたりと、にぎやかで和やかな雰囲気に包まれます。

 こうした子どもによる三番叟の舞は、歌舞伎や人形浄瑠璃など、江戸時代に流行した芸能の影響を受けて、出雲各地に定着したと考えられます。史料によれば、出雲では19世紀以降、面を付けない子どもによる三番叟が神楽の中で舞われ始めたようです。子どもによる三番叟の舞は、出雲ではちょっとしたブームになったらしく、神楽だけなく獅子舞などの芸能にも取り込まれ、今日まで人気演目として伝えられています。

 近年、地域の子どもの数が減少し、三番叟を舞う子どもを確保するのが難しいという話を耳にすることもありますが、地域に笑顔をもたらす出雲ならでは舞が今後も続くことを願ってやみません。