いまどき島根の歴史

第17話 邪霊を追いやる鬼の顔 

松尾充晶 専門研究員
(2022年2月6日投稿)

 2月3日は節分でしたね。鬼に向かって豆をまいたご家庭も多かったことでしょう。鬼を追いやる儀式の歴史は古く、8世紀にはすでに行われていました。最近ヒットしたアニメ「鬼滅の刃」でも、鬼は人間を主食にする凶悪な存在として描かれています。いつの時代も「鬼=人間の敵」という図式は定番と言えます。

 ところが歴史をふりかえると、意外にも鬼が「魔除けの縁起物」とされることがしばしばありました。毒をもって毒を制す、といったところでしょうか。鬼が持つ人智を超えた強大な力は、外に向ければ、邪悪なものを寄せ付けない働きをしてくれる、と考えられていたのです。屋根に乗せる鬼瓦(写真)はその代表例と言えるでしょう。

来美廃寺(松江市矢田町)から出土した鬼瓦(8世紀後半)
都の東大寺用に創り出されたデザインを真似たもので、県内で作られた鬼の造形としては最古のもの。八雲立つ風土記の丘で展示中。

 さて、鬼の姿を想像してみてください。角が生え、筋骨たくましいカラフルな裸体に虎皮の腰巻き、が頭に浮かんだと思いますが、このスタイルが完成したのは中世以降のことです。それ以前の鬼にはそうした特徴が無く、一つ目など様々な異様な姿にイメージされていました。そしてさらにさかのぼると、人の形からかけ離れた霊獣の姿、古代中国の「鬼面文(きめんもん)」に行き着きます。

 実は島根県には、全国でも最古級の鬼面文資料が伝わっています。それが六世紀後葉(古墳時代後期)の御崎山(みさきやま)古墳(松江市大草町)に副葬されていた大刀で、金銀で飾られた(つか)の端部に、角が生え、牙を向いた恐ろしい顔が表現されています(図左)。これが鬼の姿のルーツ、と言えるでしょう。さらに細部に注目すると、ぺろりと舌を出していることに気付きます。このように舌を出した怪異の面相は、相手を威嚇し、悪霊をも畏れさせる力があると考えられていたのです。

 面白いことに古代ギリシャ周辺でも、これと似通った「舌を出したメドゥーサ」のデザインが多用されています(図右)。神話上の怪物であるメドゥーサは、強い魔力を持っていました。ペルセウスはこれを倒し、首を切り取ります。メドゥーサの力はすさまじく、首だけになってもなお、見た人を石に変える力が残っていました。そこでペルセウスは別の戦いで、メドゥーサの首を掲げて宿敵を石にしてしまうのでした。この神話にちなんで、戦いに用いる盾や、建物の飾りに護符(ごふ)として「舌を出すメドゥーサの首」が好んでデザインされたのです。このように、恐ろしい魔物の力を借りて我が身を護るという発想は、古今東西を問わず、普遍的にみられました。

 季節の変わり目にやってきて、災いをもたらすと信じられた日本の鬼。災い転じて福となすと言いますが、鬼の力を借りてでも、明るい世の中になることを願わずにはいられません。

「舌出し獣面」の比較
御崎山古墳の出土品(左)は、全国で30例ほどある同種の大刀の中で最も古いとみられる。中国産あるいは百済産とみる説がある。古代ローマ(タレントゥム)から出土した陶器の板(右:山本忠尚「舌出し獣面考」)は建物軒先を飾るもので、その意味合いは鬼瓦に近い。