いまどき島根の歴史

第190話 養蜂の道具

鄧 君龍 研究員

(2025年11月14日投稿)

 島根県内で伝統的なニホンミツバチ(以下、ミツバチ)の養蜂《ようほう》が続けられているという情報を得て、吉賀町下須《しもす》で昔ながらの養蜂を実践しているという赤松正《あかまつただし》さん(72)にその方法をうかがいました。
 赤松さんは35年前に職を変えた際、近所の年配者に教わってミツバチの養蜂を覚え、ミツバチに営巣《えいそう》させるためのドウあるいはミツドウと呼ばれる木製巣箱を使って、主に自家消費用の蜂蜜をとっています。昔は山仕事をする人が誰でも1本か2本のドウを山に仕掛けていたといいますが、今では山に入る人も少なくなり、赤松さん自身も山中ではなくクマが出るところを避けて、自宅や妻の実家の付近に、あわせて10本程度のドウを仕掛けています。

ドウ(2025年9月21日撮影)

 ドウの中でミツバチに巣を作ってもらうには3つの方法があります。
 一つは、前年に作られた蜂の巣を全部はとらず、ミツバチが越冬するのに必要な分の蜂蜜をドウに残しておき、次の春にも引き続き蜂の巣を作ってもらう方法です。ただしミツバチは巣の環境が適さなくなると逃去《とうきょ》して別の巣を作り始めることがあり、ドウに残す蜂蜜が少なければミツバチが越冬できず死滅してしまう可能性もあります。
 もう一つは、ミツバチの分封《ぶんぽう》する習性を利用したものです。ミツバチは群れが大きくなると一部がそこから分かれ、木の枝などに群れをなして新たな巣を作り始めます。その巣分かれしたミツバチの群れにウッポウと呼ばれる藁《わら》製の器を被せるように寄せ、下から優しくあおるようにしてウッポウに群れを移し、それをそのままドウ上部の蓋《ふた》とすることでドウの中に営巣させます。赤松さんはこのウッポウを近所の年配者から譲り受けて使用していますが、自身では作り方が分からず、持っている2つほどのウッポウを使い続けています。

ウッポウを持つ赤松正さん

 他のドウはというと、静かな木陰に設置して、自然にミツバチが入居するのを待ちます。そこにミツバチを呼び込むための工夫として、蜂蜜の絞りカスを加熱してドロドロに溶かしたものを木板に塗り付けてドウの蓋にし、匂いでミツバチを誘います。
 ドウから蜂の巣をとり出すには、ドウの上部を開け、金槌《かなづち》で刃先を直角に折り曲げた菜切《なき》り包丁を使って巣を切り出します。下須地域ではこの作業に際して、ミツバチをおとなしくさせてドウの下方に降ろすのに、タバコの煙を吹きかけていました。ドウの所有者がタバコを吸わないため、別の者に採蜜を依頼していたという事例報告もあります。タバコを吸わない赤松さんの場合、ミツバチをおとなしくさせるのに市販の燻煙《くんえん》器をとり入れ、「クマが来たよ、クマが来たよ」と知らせるようにドウを叩いて音を立てることでミツバチをドウの下方へ降ろしています。

この叩き方を説明した言葉には、ミツバチに対する心持ちと人間が介在しないかのようにミツバチに働きかける養蜂家の立場が表れているように思われます。こうした道具の扱い方は、道具だけが残されていてもなかなか再現できるものではありません。赤松さんのお話から、現在における養蜂道具とその具体的な扱い方を知ることができましたが、どのような地域的な広がりがあってどの部分が伝統的であるか、またウッポウという名称の由来は何なのか、まだ分かっていないことがたくさんあります。今後明らかにしていきたいと思います。