第195話 ユネスコ無形文化遺産と神楽
石山 祥子 専門研究員
(2026年1月6日投稿)
先月末、「神楽」と「温泉文化」の2件がユネスコ無形文化遺産の国内からの新たな提案候補として、国の文化審議会で選ばれたことが報じられました。どちらも島根県に暮らしていると身近に感じられるものですが、今回は2028年の登録を目指す「神楽」について取り上げます。
神楽は全国に約4千件あるとも言われ、北海道から鹿児島県まで広く分布する芸能です。今回、無形文化遺産への登録を目指す対象となるのは、国の重要無形民俗文化財に指定されている40件の神楽で、この中には島根県の3件も含まれます。その3件とは、松江市の「佐陀神能《さだしんのう》」と出雲市の「大土地《おおどち》神楽」、石見地方の山間部で継承されている「大元《おおもと》神楽」です。このうち、「佐陀神能」については、すでに2011年に単独で登録されたことをご存知の方もいるでしょう。今後、「神楽」が登録されると佐陀神能も「神楽」の一つとして再登録されることになります。

現在、島根県内では約230の神楽団体が活動し、各地域で特色のある神楽が伝えられていますが、共通する部分もあります。島根県の神楽の特徴のひとつとして、榊《さかき》や幣《へい》、扇などを手に持ち、仮面を付けずに舞う儀式的な舞と、神話や伝説を題材にした演目を仮面を付けて舞う神能《しんのう》の2種類の舞があることが挙げられます。しかし、今回提案候補となった他県の神楽を見渡してみると、女児のみが舞う「河口の稚児《ちご》の舞」(山梨県)や獅子頭をかぶった舞い手が舞う「伊勢大神楽《だいかぐら》」(三重県)、面を付けて舞う演目がなく、儀式的な舞のみで構成される「球磨《くま》神楽」(熊本県)など、県内の神楽に親しんでいると、同じジャンルの芸能とは思えないものも見られます。

ひるがえって、島根県内の神楽の中に目を向けてみると、他地域ではあまり見られない特色を持った神楽があります。県西部で数年に一度行われる「大元神楽」では、大元様とも呼ばれる神からのお告げをうかがうために夜を徹して神楽が舞われます。こうした託宣《たくせん》の神事を今に伝える神楽は全国的に稀少です。
ユネスコ無形文化遺産は、建造物や自然などの有形のものを対象とした「世界遺産」の無形版と考える方もいるかもしれませんが、両者の理念は大きく異なります。世界遺産の登録に際して評価の基準になるのは「顕著な普遍的価値」の有無です。同種のものの中で傑出した物や無二の物などで、専門家がその価値を認めたものが対象となります。
その一方で、芸能や技術、食文化などを扱う無形文化遺産の場合は、特定の地域や国で受け継がれ、価値の優劣が付けがたいものを対象とし、「文化の多様性」や「人類の創造性」の具体的、代表的な事例として登録されます。登録されたものを見渡すことによって、各地の人びとによって継承されてきた文化の多様さや豊かさを知ることができるのです。
神楽は各地で継承されてきた文化の多様性や人びとの想像力、信仰のありようなどを考える上で、様々な切り口から比較する材料を提供してくれる格好の芸能と言えます。今回登録を目指す対象となった40件以外にも、神楽は日本各地に数多く伝わり、それぞれに歴史と個性を持ち、地域の人びとが次世代への継承に力を注いでいます。インターネット等で簡単に他県の神楽も観られるので、この機会にお住いの地域の神楽と見比べてみてはいかがでしょうか。