いまどき島根の歴史

第200話 黒仏さんと私

濱田 恒志 専門研究員

(2026年2月12日投稿)

 私が黒仏《くろぼとけ》さんと初めて出会ったのは、今から8年半ほど前、2017年の夏のことでした。

 当時、古代文化センターと古代出雲歴史博物館では、企画展「隠岐の祭礼と芸能」を準備していました。仏像専門の学芸員である私は、この企画展の担当者から隠岐・島後のとある仏像を展示したいと相談を受け、安置されているお堂に同行したのでした。

 そこにいたのは、各部材の接着が緩み、今にもばらばらに崩れ落ちそうな1体の僧侶の像でした。お堂の隅の暗いところに安置され、さらに表面全体が黒く塗られており、首の接着は外れて頭部の位置がずれていて、まるで暗闇の中で頭を垂れつつこちらをじっと見つめているようでした。高僧の威厳とともに独特の怖さも感じられるその姿から、地元では畏怖と親しみを込めて「黒仏さん」と呼ばれていたのです。

 とても博物館に運んで展示できる保存状態ではなかったので、このときは簡単な調査を実施するにとどめ、その場を後にしました。黒仏さんの状態が気になりつつも、忙しくしているうちにその後5年が過ぎました。

 2022年になり、隠岐の島町教育委員会から黒仏さんの今後の保存管理につき相談を受ける機会がありました。隠岐に赴き、久しぶりに対面する黒仏さんから「あなたの仕事はまだ終わってないだろう」と言われた気がしました。関係者で協議した結果、黒仏さんは町教育委員会が引き取り、町の施設で保管されることとなりました。

 施設への輸送をお手伝いするとともに再調査も実施したところ、中世に遡る時宗《じしゅう》の高僧像として県内でも貴重な存在であること、時宗の肖像の中では全国的に珍しい倚坐《いざ》像(椅子に腰かけ、両足を地面に下ろしている像)であること、江戸時代頃に大幅な修理がされていることなど、隠岐の仏教史を考える上で重要な知見が次々と得られました。

 これらの成果は隠岐4町村発行の『隠岐の文化財』誌上で報告するとともに、今後、本格修理が望まれることにも言及しました。これで黒仏さんも少しは納得してくれるかな、と思いつつ、また数年が過ぎました。

 そして昨年、町教育委員会の尽力によって、黒仏さんを本格修理するための助成金を得ることができました。先日、黒仏さんが修理工房へ旅立つにあたり、私も立ち会ってきたところです。修理が完了する数年後には、見違えるような姿となった黒仏さんにお会いできることでしょう。行きがかり上、そこまでを見届ける仕事にも携わることになりました。黒仏さんと私のお付き合いは、もう少し続きそうです。

修理前の黒仏さん(木造僧形坐像 隠岐の島町教育委員会蔵)