第24話 鎮魂と鬼封じ
勝部 智明 専門研究員
(2022年3月27日投稿)
新型コロナウィルスの世界的流行とその被害をみると、疫病がいかに恐ろしいものであるかを改めて思い知らされます。ましてや医療や科学技術が今日ほど進歩していなかった時代の人々にとっては、想像を絶するような恐怖だったことでしょう。このような時、人は人知を超越したものにすがりたくなるのだと思います。
近世の半坂《はんざか》古墓群(松江市玉湯町)からは、変わった墨書のあるカワラケ皿が2枚見つかっています。皿には「鬼」の一字の上から縦4本、横5本の格子目が書き足されており、「鬼」の上には「> <」、下には「☆」が記されていました。
また、この遺跡からほど近い乃木福富町の福富Ⅰ遺跡からも似たような墨書のある、近世の素焼き小壺《つぼ》が見つかっています。こちらは側面に「神惣次郎」と、「惣」の字を左右から挟むように「> <」の記号が墨書きされ、底に「☆」が描かれていました。壺が出土した調査区は古墳時代後期以降、近世まで断続的に墓地として使用されていたことが分かっています。
墨書された記号は「まじない」に用いられたもので、特に縦横九本の格子目や☆印は「九字」「五芒星《ごぼうせい》」と称し、陰陽道《おんみょうどう》や密教・修験道と深い関わりのある魔除けや願意達成などのための呪号とされています。元は古代中国の陰陽・五行などの自然哲学に由来し、その思想は飛鳥時代ごろには日本に伝来していたと考えられています。
律令《りつりょう》制期には学問・技術の一分野として人的組織が整備され、平安時代後半以降に陰陽道として占術・呪術的性格を強めながら次第に官・貴族・武士・庶民の間に普及していったようです。このような知識・技術を操る者を陰陽師といい、平安時代に活躍した安倍晴明を知っている人は多いのではないでしょうか。
さて、このような呪号やこれを用いた呪術・作法は中世以降のまじない札や近世に編さんされた呪術書などにも多く見られるようで、特に近世においては土御門《つちみかど》家による陰陽師組織の再編・支配と相まって各地の民間信仰に一層深く根付いていったと考えられています。三重県の志摩地方では疫病除けの護符に使用されるなど、一部の地域では今でも民間信仰として伝え残されています。
墓地から出土した2例からは、単に亡き人の魂を鎮めるだけでなく、鬼(例えば疫病)を封じ、その災いが他へ及ばぬよう特別な儀式が行われた様子が想像されます。
平安時代の出雲国に関する財政帳簿『出雲国正税返却帳《いずものくにしょうぜいへんきゃくちょう》』から、安倍晴明の給与を出雲国が負担していたことが分かっています。よしみのある晴明さん、秘術でもってコロナ禍にあえぐ今の世を救ってもらえないだろうか。