いまどき島根の歴史

第4話 「お忌みさん」の伝承

浅沼政誌 主任研究員
(2021年10月24日投稿)

 10月に全国の神々が出雲に集うという神在月の伝承は、現在では広く知られており、その目的も、大方のみなさんは「縁結び」を思い浮かべられることでしょう。こうした伝承は、実は出雲以外でみられます。地元の出雲では、どのような伝承が残されてきたのでしょうか。

「お忌みさん」の伝承を伝える地域(島根県東部)。地図中の「●」は、いずれも「カラサデ婆」の伝承がある地域で、出雲地方のみに見られる伝承。
(島根県教育委員会『改訂増補島根県民俗分布図』1975年より抜粋、加筆)

 出雲に神々が集うというと、他地域では「出雲大社」に集うものと思われているのが一般的です。しかし、この出雲では、神々が集う神社は2カ所伝えられており、一つは出雲大社、もう一つは松江市鹿島町の佐太神社とされています。そして、この二つの神社に集まる時と、帰る時に立ち寄る神社も伝承されています。
 出雲大社の場合は、出雲市朝山町の朝山神社に立ち寄って出雲大社で滞在、帰りは出雲市斐川町の万九千神社へ立ち寄り、その後、雲南市加茂町の神原神社を経て帰るというものです。
 佐太神社の場合は、まず松江市大庭町の神魂《かもす》神社へ立ち寄って佐太神社に滞在、帰りは松江市朝酌町の多賀神社を経て帰るというものです。神々が出雲へ集まるにしても、出雲東部と西部の二つのコースが存在するという伝承です。

 そして、私たち出雲に暮らす者にとって、この時期は「神在月」と言うよりも、「お忌《い》みさん」のほうが昔からなじみ深い呼び方ではないでしょうか。神々が集まられるということで、お忌みさんの期間中は、大声は出さない、爪や髪は切らないなどという禁止事項が出雲一円に見られました。面白いのは神々が去って行く日「神等去出《からさで》」の伝承です。昔は「外《そと》便所」と言って、母屋から離れた場所に便所があり、用を足す際には外に出る必要がありました。この神等去出の晩に便所へ行くと、カラサデ婆《ばばあ》(カラサデさんともいう)に尻をなでられると言って便所へ行くことを控えました。 この時期、「お忌み荒れ」といって、冬の到来を告げる強い北西風が吹き始めることから、この風を老婆神に例えたものと言われています。これに似た伝承がお隣の韓国にもあり、こちらは「ヨンドン婆」と呼ばれ、春の2月に吹く強風が例えられています。両国とも共通して強風を老婆神に例える伝承が残るのは、興味深いことと思われます。
この「カラサデ婆」、数々の妖怪を描いた水木しげるさんの漫画にありそうですが、残念ながら登場しませんでした。水木さんであれば、どんなカラサデ婆を描いたでしょうか。